フィンランド痴呆症高齢者介護視察レポート

白根 美保子(元フィンランド政府観光局)

   

フィンランド痴呆症高齢者介護視察レポート【1】

2002年8月27日 第3回痴呆コロキウム講演会より

 一般的に北欧型の社会福祉制度は、制度そのものやそのサービス内容が充実しているということで知られている。社会福祉制度や高齢者介護の中でも最も“高度な”知識と技術が必要とされ、福祉や医療現場で日夜仕事に従事しているスタッフのみならず、一般市民に対する理解のための活動も必要とされる「痴呆症介護」について、白夜の初夏を迎えたフィンランドでの視察見聞を報告する。この視察は、2002年5月29日~6月5日に実施された。なお、今回の訪問先とフィンランド共和国の概要は最後の項目にまとめた。

1)フィンランドの高齢者介護の変遷と方向性

 フィンランドでは、1990年代初頭、経済が崩壊し数多くの企業が倒産するという経済危機に見舞われた。その後、EUに加盟。国民は自国の高レベルの社会福祉制度がなし崩しになるのではないかと危惧された時期があった。そんな時期にも国は国民に対し「社会福祉と保障制度」は、そのレベルを維持することを約束し、それと同時に急速に進んだのが高齢者に対する施設ケアから在宅ケアへの移行である。これは、財政の負担の削減を図る対策であったが、これは同時に、高齢者の“健康なうちは住み慣れた環境で生活をし続けたい”という希望にも合致した対策となった。

 次の表は、フィンランドで実施されている高齢者福祉サービスのサービス別利用度の変化である。

◆1988年~1999年の高齢者のサービス利用度の変化
サービスの種類 65歳以上の人の利用度 75歳以上の人の利用度
1988年 1999年 増減(%) 1988年 1999年 増減(%)
家事サービス 19.8 11 -43 46.2 25.4 -45
配食サービス 15.1 13.5 -10.6 36.1 31.2 -13.6
家族介護補助 1.8 1.7 -5.6 4.2 4.0 -4.8
サービス・ホームへの入居 0.9 2.6 188.9 2.1 6.0 185.7
長期介護施設への入居 7.3 5.1 -30.1 17.0 12.0 -29.4

資料:The Whole Municipality Working Together for Older People. STAKES (National Research and Development Centre for Welfare and Health, Finland)より



 この数値から、施設介護から在宅介護(サービス・ホームもサービス付き住宅として在宅介護に含まれる)への転換は成功していることがわかる。ただし、在宅介護が理想と言いながら、家事サービスの割合も同時に大幅に減少していることに注目したい。これは、1988年からの10年が先に述べたフィンランドの経済危機と回復期にちょうどぶつかったため、スタッフ数の確保や財政問題が多大に影響したという。そのため、人口の推移を注意深く予見し、それに合致した社会福祉政策を計画しなければならないことに気づいたフィンランドでは、今後、ますます加速する高齢化社会に向けて(2020年までに75~84歳の人口は1999年に比較して132%、85歳以上は199%まで増加すると試算されている)、その基盤となる対策を、次のように構築した。

 この対策の最大の目的は、経済変動に影響されることなく、人口の構成推移に合致した、最適なサービスを適切な状態で、必要な人に提供できるような制度をフィンランド全土で実施できるようにすること、つまり「高齢者のために自治体」を作ることである。

  1. サービスの内容や質の向上を目指す指示を、国から各自治体へ”奨励”する。
  2. スタッフ、本人、家族など、全ての関係者に必要十分な情報を提供する。
  3. サービスの内容や形態、提供方法などの細目は、各自治体がそれぞれ組み立てる。
  4. 2030年までを見据えて、今後の社会福祉サービス計画を各自治体や行政区ごとに立てる。
  5. 本人はもとより、介護スタッフや家族の負担を軽減するため、公共の乗り物やサービス、技術の開発を行う。
  6. 各自治体が実施するサービス内容や提供方法の計画には、その自治体の向かう方向性を理解してもらうために住民も参加する。

(1)については、全ての事項を法制化にたよらず、指針を示して奨励をすることが重要で、自治体が、地方ごとの生活環境や財政状況、産業や人口構成などにあわせて計画を立てることに重点を置き、法的な強制措置は取らないという点が強調されている。

(2)については、高齢者が身体状況や生活環境に合わせてどのようなサービスを受けることができるのかという情報を、本人と家族がきちんと理解できるようにするための情報提供という意味も含まれている。

  1990年 1998年 2000年 2010年 2020年 2030年
人口(単位1,000人) 4,998 5,160 5,181 5,268 5,317  5,291 
65歳以上の人の人口比率(%) 13.5% 14.7% 15.0% 17.0% 23.0% 26.0%


高齢者の施設介護の理想的なスタッフ数
 フィンランドでは、高齢者向け介護施設で働くスタッフの入居者数に対する割合が全国平均で次のようになっている。老人ホームでは、10名の入居者に対し4.2人(事務や清掃担当スタッフなど全スタッフを含めると6.1人)。この人数で3交代制のシフトは組まれる。また、保健所管轄の病棟では、10名の患者に対し6.6人(全スタッフを含めると8.6人)。現在の老人ホーム入居者の80%が痴呆症高齢者であることを考えれば、フィンランドでの理想的な施設介護担当スタッフ数は、10名の入居者に対し8名と考えられている。この数値を受けて、各自治体でスタッフ数確保の目標値が立てられ、目標値が実現するよう力が注がれているが、国では、全国平均の数値に満たない自治体に対し、特に早急な対応を促している。

痴呆症の認識とサービス内容
 フィンランドでは痴呆症が現れたのではないかという可能性が出てくると次の順番で痴呆症の検査とサービスの提供が実施されていく。
  1. 病院で痴呆症の検査を受け、原因を究明(地域格差あり)
  2. 家族に対し痴呆症の原因と、ケア・サービス内容の説明
  3. 在宅介護と家族介護サービスの提供(家事サービス、デイ・サービス、ショート・ステイなど)
  4. 施設サービスへの入居(アルツハイマー型痴呆症高齢者でも、最近は在宅介護型が増加、施設への入所期間は短くなる傾向)


 これらのサービスは、各自治体で用意している内容であるが、サービスを受ける痴呆症高齢者と自治体は、話し合いの上、契約しサービスを受けるという流れとなる。健康管理面に関しては、医療機関と保健所も参加し、本人と家族、自治体とで契約書が交わされるが、契約時には、病歴なども記録される。契約内容は、必要なサービスを、必要な人に提供することを基準としているため、サービス利用者各人の身体、心身、生活環境などの違いを見きわめ、個別サービスを提供するよう対応することが重要で、スタッフ研修にも重点が置かれている。

フィンランド痴呆症高齢者介護視察レポート【2】


2)フィンランドの痴呆高齢者介護─予防介護という考え方

 現在のフィンランドでは65歳以上の約8%が、また、85歳以上の約35%の人が何らかの痴呆症であるといわれている。ただ、痴呆症は、病気ではなく予見することはとても難しく、高齢化や老いの症状のひとつであることをしっかりと認識し、それに向けての準備をしなければならないということが強調されている。そして、高齢化に備えた予防介護に努めようとしている。

 痴呆症高齢者にとって最も難しいことは、生活環境が変わり新しい生活習慣に慣れることや新しい道具(補助具)の使い方を覚えることである。加えて、痴呆症となっても、自らの足で生活することができれば、つまり、寝たきりにならなければ、家事サービスなどの利用だけで、在宅で生活をし続けることも可能と考えられているため、住み慣れた家庭内でこそ起こす可能性の高い転倒の予防はとても大切な要素と考えられている。そのため、家事サービスの担当スタッフが各家庭に訪問し始めたときから準備作業が重要になってくる。また、自らの足で生活し続けられるように足のケアもとても大切なポ イントとされている。

 例えば、アルツハイマーによる痴呆症高齢者でも在宅で暮らし続けられる環境を整えるために、次のような予防介護が実践されている。そのひとつは、家事サービス・スタッフが、各人の家の生活環境をよく観察し、家の中の段差が将来の生活に支障が出ないかどうかを判断。また、家具の置き方なども改善することによって、痴呆症になってからも暮らしやすい方法を指導し、家庭環境の変更も早いうちに行い、慣れさせる。また、将来、使うようになるだろう補助具なども、前もって一緒に実物を見に出かけ、見慣れたものにするなどである。その他、足のケアには特に重点が置かれていて、どこの高齢者向けサービス・ホームやサービス・センターにも、必ずフット・ケア専用の診療室が設置されており、予約制で定期的にフット・ケアを受けている。また、ウォーキング用のストックもデザイン性の高いものが商品化され、高齢者でも杖を使って歩くのではなく、スポーツを楽しむという意識を喚起させたストック・ウォーキングが90年代終盤から急速に普及した。このストック・ウォーキングは手ぶらで歩くより、腕を意識的に動かすことで、心拍数も上がり腕の力も強化され肩こりも解消されるという。ただし、このストック・ウォーキングの急速な普及は、クロスカントリー・スキーを楽しむ習慣があるフィンランドだからこそ、なのかもしれない。いずれにせよ、歩くことができるということをいかに大切と考えているかの証拠であろう。その他、万が一、病気で入院を余儀なくされたとしても、体力が急速に衰えることがないようにと高齢者へのフィットネスも推進され始め、高齢者向けフィットネス用道具も開発されている。このフィットネスを続けることにより、入院で減退する体力も寝たきりになるほどまでに体力が落ちなくなっているという結果も出ている。

痴呆高齢者向け介護用用具とその開発について
 フィンランドでは、痴呆症高齢者向けの道具、生活用具を開発するための必須条件は、①簡素で使いやすいこと、②今まで使用していた道具に比較して大幅にデザインの違いがないこと、③色のコントラストがはっきりとしていること、④音が出るものである場合は、明瞭な音声であることが挙げられている。加えて、体調の変化などにより新しい道具を使う必要が出てきた場合は、それを使うことをまず、納得すること。そして、使いこなせるようになるためには、時間をかけて、ユーザーとなる痴呆症高齢者が納得するまで一緒に使う練習を行うこと。また、使えるようになった後も1~2週間の時間を置いて、その道具が使いこなせているかどうかの追跡調査とアフター・ケアが欠かせないことを強調している。

 最近、普及し始めた製品には、アルツハイマー型痴呆症高齢者でも在宅で、安全に生活できるよう、住人の動きを感知するカーペットの下に敷くマットタイプの24時間感知機があり住宅や施設などに広まっている。また、徘徊者を10㎞圏内まで感知可能な無線発信機も、狩猟用の製品から応用開発された。その他、Audio Riders Oy(オーディオ・ライダーズ社)によるメロディー・メーカーも特に痴呆高齢者介護と施設スタッフの仕事を軽減する製品として注目を浴び始めている。


3)フィンランドの痴呆症者が受けるサービスと生活の場

─穏やかに生活している痴呆症高齢者
 ここでは、フィンランド第2の規模を誇るサービス・センター、クスターン・カルタノ・サービス・センター(ヘルシンキ市)を通してフィンランドの高齢者の生活について紹介する。なお、施設の概略については、(6)視察訪問先施設についての項目に記載する。

 8棟ある住居棟は、事務所棟から見て時計回りにA~H棟が建っており、棟の並び方や建物の周囲の雰囲気は、一般のフィンランドの階層住宅地域と変わらない。各棟には、棟責任者を1名配置。棟ごとの運営、管理などが任されている。原則として棟ごとに心身、身体状況の同じ人たちが居住しているが、その区切りがフロアごとになっている場合は、フロアごとに責任者が配置されている。棟の区別としては、痴呆症専用棟の他には、精神的に不安定なため在宅での生活が困難な人たちが住むフロアや、脳卒中などの病気で入院し退院直後の人が、自宅での生活へ戻るための生活訓練を受けるために、1~2週間入所するショート・ステイ用フロアもある。精神病用の専門棟と身 体障害者向けの専門棟、そして身体、心身状況からは単純に該当する棟に分けられない、色々な症状を抱えている人の棟がある。スウェーデン語専門棟があるのもフィンランド独特のものであろうが、国民の少数派に対しても平等にサービスを用意しているという点では注目したい。

活躍するボランティアたち
 このサービス・センターでは、37名のボランティアが活躍している。クスターン・カルタノ・フレンド協会という名で組織化され、契約を結んで活動、その管理は、サービス・センター側の仕事となっている。月に1回、ボランティア対象の指導講習会を実施。また、ボランティアが長く続けられるようにボランティア・スタッフ対象のレクリエーション・サービスも実施されている。ボランティア・スタッフが活躍する場は、医者や歯医者への付き添い、お買い物への付き添い、話し相手、一緒に散歩を楽しむ、バザーなどのイベントの準備、ボランティア自身が持つ特技を生かした趣味の会などの開催などである。

「クスターン・カルタノ・サービス・センター」発のサービス
 このサービス・センターが先駆的に利用し始めたものにコンピュータと電子メールの導入がある。今では当たり前のことになったが、入居者のデータをコンピュータで管理。担当スタッフが、入居者の健康状態などに合わせてフット・ケアの予約や必要な品物の購入を外部スタッフに依頼するなどに利用されている。この入居者管理システムはヘルシンキ市内で最初に取り入れられ、今では殆どの施設で導入されている制度である。

 もうひとつ、このサービス・センターの特徴と言えるものにセンター専用のケーブル・テレビ・チャンネルの存在が挙げられる。チャンネルは3つで、テレビ制作会社に勤めた経験のある専属スタッフにより運営されている。3つのチャンネルは次のように使い分けられている。

  1. センターのインフォメーションを番組に仕立たチャンネル。 このチャンネルでは、センター内の動きやニュースなどを50分番組に仕立て、繰り返し流されている。
  2. 入所者が出演者となって作成される番組専用のチャンネル
  3. スタッフ・ミーティングを放送するチャンネル このチャンネルでは、国会中継のようにセンターのスタッフ・ミーティングを入居者にも公表することと、ミーティングに対する意見もいただこうという意図から始められたことで、入居者はこの中継を視て、自ら発言したい場合は、ミーティング・ルームへ電話をかけて自分の意見を伝えることができるシステムとなっている。


スタッフ教育など
 各フロア、棟ごとに運営されているサービス・センターだが、入居者への対応方法など現場で発生する問題などについては、センターに勤めるスタッフで行われる勉強会で症例として挙げられ、各専門スタッフがそれぞれの立場から解決策を出し、討論、研究しより良いサービスが提供できるよう努力が重ねられている。また、同様に他のサービス・センターなどに勤めるスタッフも参加できる講習会もテーマや研究課題も決めて3ヶ月から6ヶ月くらいの期間で実施。将来的には、これらの研究活動を学位なども認定されるスタッフのステップアップの場になって欲しいという希望も持ちつつ勉強会を続けている。特にこのところ盛んに研究されているテーマは、専門性の違うスタッフが各部署で働いているため、職域の狭間に隠れたり、重なりとなるサービスやケアの連携をどうすればよりスムーズに解決できるかである。コミュニケーションと情報交換が最も大事なことであるが、研究はまだはじまったばかりのようだ。

身体障害高齢者専用棟から
 生活に車椅子が必要であるなど、身体に何らかの障害を持つ人の専用の棟は、フロアの中心部に共通のリビング・ルームがあり小さな台所が設置されている。リビング・ルームには、暖炉も設置。冬になると火も入れられるという。また、フロア専用のサウナも車椅子のまま入れるような設計のものが設置されていた。リビングルームでは、ちょうど入居している母親に息子が尋ねて来ていておしゃべりを楽しんでいた。入居者の服装は、ごく普通の高齢者の普段着。スタッフも動きやすい格好ではあったが、作業着的な制服ではなく私服風であった。

訪ねたフロアには、27名の入居者がおり、入居者2・3名ごとに専属スタッフが1名と補助スタッフが1名ついている。3交代制なので担当スタッフが不在の場合もあるが、その時は、他のスタッフがケアを担当。研修生として将来、介護士などになる学生が1名スタッフとして働いている。

 入居に際しては、自分の家具などを持ち込むことができるが、ホーム側では、介護 用ベッドとベッドの側に置くサイド・テーブルを提供。食事はすべてサービス・ホームのレストラン部で作られるものを提供。リビングにあるキッチンは、お茶を飲むときなどに利用されるだけで、食事を作る目的では使用されない。

 この棟の特徴は、専属の作業療法士が嘱託でいること。そして、朝食の時間帯の設定が緩やかなこと。朝食は、10時迄摂ることができ、その他の食事は、昼食12時、コーヒータイムは、14時30分~15時、夕食は18時からと固定されている。

 フロアや棟でまとまって行うイベントやプログラムはない。それは、屋外でのイベントを企画しても天気などに影響されることも考えられるし、入居者各人の意志を尊重するとみんなで一緒に楽しむプログラムを設定しても参加者が意外と少ないからである。その代わり、買い物に行きたいとか、カフェにコーヒーを飲みに行きたいなどの希望が出たときに、身障者タクシーを呼んでまとまって出かけるなど活動は活発である。また、健康上の理由から禁止されない限りは、お酒を飲むことも許されており、ワインやビールを個人で貯蔵している人もいる。

痴呆症専用フロアから
 比較的症状の進んだ痴呆症専用フロアは、先の身体障害者用フロアと違い廊下や部屋の装飾は殆どなくどちらかといえば殺風景な感じであった。また、スタッフの服装も「仕事着」を着用していた。このフロアの場合は、3名が1室を共有。食事は、全て共通スペースであるリビング・ルームで賄われている。各部屋からリビング・ルームへと向かう廊下では、ソファや椅子などがまばらに置かれていて、みな思い思いのところで過ごしていた。特に私たちが訪ねた時間帯は、コーヒーブレイクの後のスタッフの勤務交代直後であったため、ゆっくりとお話をしていただくことはできなかったのが残念だったが、フロアの雰囲気はとても穏やかで明るかった。もちろん、入居者の気分の振れ方によってかなりフロアの雰囲気は日々変動するとのこのとだったが、いつもほぼ同じような感じだとのこと。突然の来訪者の私たちにも、明るく人懐こく話しかけてこられた。それぞれの部屋の配置やつくりは、身障高齢者棟とは違い、病棟的になっており扉も引き戸タイプ。入居者の内、数人にヘッド・ギアが付けられていた。スタッフについては、研修生の学生の実習受け入れは行っているが、ボランティア・スタッフがここの入居者のために働くことはないという。

フィンランド痴呆症高齢者介護視察レポート【3】


4)フィンランドの介護スタッフの養成カリキュラム
4)2つの教育現場から

 オウル社会福祉健康管理専門学校(オウル市)は、フィンランドでもまだ比較的新しい社会福祉分野の専門職である身辺介護士(看護と介護の知識と技能を修得)の養成と医療、薬学関係を専攻できる専門学校である。この学校は、義務教育終了以上の資格を持つものに入学資格があり、大学や高等職業専門学校への入学資格を得て卒業。卒業するために必要な単位は120単位で、卒業後の進路は、保育所、家事サービス、サービス・センター、老人ホーム、保健所、病院や歯科医院など。実地研修は、半年単位で実施、講義と実習が半年ごとに反復されることにより、知識に対する意識と実習による技術的要素の認識が高まり効果もよりいっそう高まるという。実習先は学校が斡旋。学校側が実習内容も実習受け入れ施設と話し合いの上で決定する。

 オウル高等職業専門学校(オウル市)の社会福祉健康保健専攻コースは、5つ設置されている専門コースのうちのひとつ。卒業までに必要な単位は、140単位で、研究コースを選択すると在籍期間が1年延び、卒業単位は180単位となる。コース内には、専門分野として生物医学、救急医療、理学療法、作業療法、視力測定法、放射線治療とレントゲン技師、口腔ケア、健康保健サービスと介護があり、卒業すると学士の称号を得る。

 次に高等職業専門学校の社会福祉健康保健専攻コースの内、「健康保健サービス と介護」のカリキュラムを紹介する。

  科   目 単  位
1年目 前期 基礎科目
専門科目
生活と介護の課程
安全な介護環境とか
8.5
5(実習3)
6(実習4)
後期 基礎科目
専門科目
栄養と排泄
運動、夢と休息
12
4(実習2)
4(実習2)
2年目 前期 基礎科目
専門科目
研究発表
呼吸と血液循環
痛み、皮膚の状態、体温と身体バランス
9
4(実習2)
4(実習2)
0.5
後期 基礎科目
専門科目
研究発表
健康的な精神について
死について
顧客としての大人
3.5
6(実習4)
1
6(実習3)
2.5
3年目 前期 基礎科目
専門科目
研究発表
性について
子供の誕生を待つ家族と新生児を持つ家族
顧客としての子ども、青少年と家族
1.5
2(実習1)
4(実習2)
9(実習5)
2.5
後期 基礎科目
専門科目
研究発表
顧客としての高齢者
高齢者介護
0.5
5(実習3)
2.5
9(実習5)
4年目 前期 基礎科目
専門科目
研究発表
高齢者介護
0.5
2.5
9

痴呆症介護教育を地道に実施
 痴呆症介護教育は、記憶が無くなるということがどういうことなのか、また視覚が弱まり、椅子などの存在が認識できなくなるということが起こるということを知ってもらうことから始まる。フィンランドで痴呆症介護が在宅ケアから施設ケアへと移る多くの理由として、在宅での介護の難しさが挙げられていた。それは、痴呆症高齢者は①凶暴になる②自分でからだを自由に動かすことができなくなる③介護をする家族が疲れ果てる④家族を助けるためのサービスであるショート・ステイでは、痴呆症高齢者の順応が困難であるという点である。しかし、痴呆症の研究や介護方法の研究も進んだほか、在宅介護サービスの提供や、痴呆症高齢者を介護するスタッフ教育の徹底、家族への教育も進んだ上、フィンランド・アルツハイマー協会による“痴呆症高齢者介護”の手引きなどにより、在宅介護が増加してきている。例えば病気が原因による痴呆症の場合は、家族に痴呆症への理解のために充分な情報を提供し、家族の存在がどれだけ大切なのかの理解を進め在宅介護へと移行するような努力が払われている。

 「色々な知識や技術も発達してきてはいるが、やはり心をこめた介護がスタッフと家族に求められるもっとも大切なこと」という、痴呆症介護教育の担当の先生のことばが最も印象に残った。

5)まとめ
 フィンランドでは、長期的展望に立ち、経済状況に左右されない社会福祉サービスの体制を整えつつある国である。また、研究機関や教育機関、産業界が情報や技術を交換し合い、フィンランドの優れたデザインも取り入れて協力関係を結んで、高齢者が使いやすい道具、生活に活用しやすい製品、スタッフの仕事をサポートする技術や機械などが順調に開発されている。特に痴呆症高齢者の介護についての研究や開発されている商品については、日本に役立つ点が多そうなので、今後の交流に期待したい。


6)視察訪問先施設について

STAKES(スタケス)ヘルシンキ市
 STAKESとは、フィンランド社会福祉健康省の外郭団体として1992年12月1日に設立された組織。正職員250名は、社会福祉や健康管理などに関する専門家集団で、その他、研究グループ、プロジェクトチームなどが各分野の外部の専門家とともに研究活動をしている。その他、パートタイムやプロジェクトごとの契約スタッフが200名いる。年間予算は3,000万ユーロ(約36億円)、うち国の社会福祉予算からは2,000万ユーロで、残り1,000万ユーロは関係企業からの拠出により賄われている。STAKESの仕事の3分の2は、フィンランド国民の健康についての調査研究と情報発信にあり、残りの3分の1は、労働関係の調査研究と情報発信である。
STAKESの基本目的は次の各項目を達成することにある。

  • フィンランドの全国民が健康に生活できること。
  • 社会福祉サービスや健康サービスを提供することによって全フィンランド国民が、一定の生活基盤を基に生活できること。
  • 社会福祉や健康サービスなどに関連のある組織、機関に対し、必要な情報を提供すること。


Respecta Oy(レスペクタ社)ヘルシンキ市
 出資金の内75%は、フィンランド義肢協会基金、残りの25%は、フィンランド赤十字である。
 二次世界大戦によって障害を持つ体となった多くの傷病兵のためにフィンランド赤十字内に義肢作成部門が設立されたのが1940年のこと。その後、1953年に身障者協会と義肢協会がフィンランド義肢協会基金を設立。身障者や傷痍軍人、傷痍兵が失った機能を義肢で回復することで、できるだけ元の生活に戻れるようにすることを目的としていた。これらの意志を引き継いだ形で現在のレスペクタ社が存在している。
 レスペクタ社という名称で運営が開始されたのは、2000年10月1日。

Kustaankartano Service Center
(クスターンカルタノ・サービス・センター)
ヘルシンキ市 
 ヘルシンキ市営の老人ホーム4施設のうちのひとつ。(ヘルシンキ市内には、市営の老人ホーム4施設の他、民間経営の老人ホームが19施設。収容可能人数は併せて2,400名である。内ヘルシンキ市営の施設では、約1,000名を受け入れることができる。)
 このクスターンカルタノ・サービス・センターは、老人ホームと高齢者サービス・センターを併設している施設で敷地面積8ヘクタール、スタッフ総数450名とフィンランド国内でも2番目の規模のサービス・センター。

 サービス・センターのサービスについて。ヘルシンキ市民で、自宅で生活をしている高齢者や失業者が対象となるサービス・ホームの利用者数は、月延べ数65,000人ほど。サービス・センターのサービス時間は、平日8時~16時。専属スタッフ6名。主要なサービスは5項目。①昼食の提供。一日平均の利用者数は200名。②月平均1,000名の参加者があるフィットネス・プログラムの実施。③手工芸を楽しむプログラム。フィンランドの伝統的なポッパナ織りやマット織りなどのプログラムなどを実施。④「高齢者向け大学」と呼ぶ生涯学習的な講習会の実施。⑤ミニ・ハイキングや美術館へ出かけるなどのクラブ活動。

 老人ホームのサービスについて。居住者数630名。住居棟は、8棟と事務所棟1棟。各棟は、3階建てで、原則として入居者の身体、心身の状況別に入居棟が振り分けられている。その他、37名の登録ボランティアが入居者の屋外へ出かけたり、運動をしたりするときにボランティア活動をしている。

MaikkulaToivo(マイックラ・トイヴォ)
オウル市
 1995年6月にサービスを開始した、フィンランドでも珍しい、保育所と高齢者向けサービス・ホーム、教会、歯科治療院が併設された施設。2002年6月現在、保育所に通っている就学前児童数は100名。サービス・ホームに住む高齢者は、15名。スタッフは、30名である。
 サービス・ホームは、オープン・ケアシステムを採用し、車椅子でも生活がしやすいよう、一戸辺りのスペースは広い。ワンルームタイプ44㎡(通常タイプ25㎡)11室、ツインルームタイプ60㎡(通常タイプ40㎡)4室である。

 この施設の活動の目的は、保育所の子どもたちと高齢者たちが一緒に何かをするということで、フィンランドの古くからの伝統を引き継いでいくということを意識。サービス・ホームに住む高齢者にも自分たちがはぐくんできたフィンランドの伝統や習慣が、次世代に引き継がれていることを自覚してもらうことによって、自らの人生は終焉に向かっていたとしても、地球上での生は永久に続くものだということを意識し前向きに生きてもらいたいという希望を持って活動している。その活動のひとつが、平日に設定されている週間プログラムである。変則的に設定するプログラムではなく、決まった日の決まった時間には、必ずプログラムが実施されるということで生活のリズムを作りたいということと、高齢者と子どもたち、地域住人との3世代交流がより円滑に進むことを目的としている。

オウル社会福祉健康管理専門学校 オウル市
オウル高等職業専門学校 オウル市
 いずれの学校もオウルを含む周辺地域10の自治体により経営されている。
 社会福祉健康管理専門学校(生徒数900名)は、義務教育課程を修了している人が入学対象で学習期間は3年間。全生徒のうち750名は、介護と看護の両方の知識を持つ“身辺介護士”となる。
 高等職業専門学校(生徒数1,200名)は、フィンランド最大の高等職業専門学校で大学入学資格取得者が入学対象となり学習期間は、3年半から4年半。社会福祉分野を専攻する学生は、250名在籍。いずれも在学中の約半分の期間は、現場実習に当てられ高等職業専門学校では、現場実習のほか、企業とともに研究や製品開発、技術開発なども行っている。また、生涯教育機関として夜間部も設置。特に高等職業専門学校の実習には、将来の専門分野以外の現場での実習も取り入れられている。いずれの学校のカリキュラムでも、必ず取り入れられているものに「起業するためのノウハウ」がある。
 また、インターネット上で複数の高等職業専門学校と協力した学習コースを設定。全国各地から登録した生徒が、ネット経由で研究、意見交換や論文作成などで学習を行っている。今後は、世界各地に住む人たちを対象とした教育システムになるのではないかと予想されている。


7)フィンランド共和国の概略

面積・人口など 
 国の面積は338,145k㎡(日本から九州を除いたくらいの大きさ)。国の東側はロシア、北側はノルウェー、北西はスウェーデンと接し、バルト海を挟んだ南側には、バルト三国のひとつエストニアである。総人口は、約519万人。内、首都ヘルシンキには、約55万人が暮らす。

歴史 
 フィンランド共和国としての歴史はまだ浅く、1917年12月6日に当時のロシアより独立。1809年、スウェーデンがロシアにナポレオン戦争で敗れるまではスウェーデンの一州、ロシアの支配下に移ってからは、自治大公国としてロシアに併合されていた。
 独立後は、共和国として、一院制の議会制民主主義国家を維持。第二次世界大戦中は、2度にわたり旧ソビエト連邦と交戦。敗戦国となったため、カレリア地方の割譲と巨額の戦勝賠償を義務付けられた。その賠償金の支払いは、期限の半分強の6年間という短期間で払いきったことは有名で、この時期にフィンランドの重工業などが発達した。1952年に開催された夏のヘルシンキ・オリンピックは、日本が戦後オリンピックに復帰した回としても有名。1955年に国連と北欧評議会に加盟。生活水準の高い先進民主主義国である福祉国家と成長。1995年にEUに加盟。2002年よりEUの共通通貨、EUROに切り替えられた。

政治
 一院制の議員制民主主義国家。直接選挙で選ばれる大統領制で任期は6年。連続して2期まで在任することができる。
 2000年3月よりタルヤ・ハロネン氏がフィンランド初の女性大統領に就任。議会は、200議席で、任期は4年。ヨーロッパで初めて女性に参政権が認められた国(1906年)としても有名で、男女平等参画の面からも興味を持たれる国である。

言語
公用語はフィンランド語とスウェーデン語。